2016年10月2日放送HBCラジオ『ほっかいどう元気びと』でパーソナリティをされていた村井裕子様の『インタビュー後記』が、北川仁美の本質を的確にとらえ、印象的でしたのでご紹介させていただきます。

 


 

2016年10月2日放送
HBCラジオ『ほっかいどう元気びと』
今週のゲスト


北川 仁美さん
保育士
「一般社団法人 アイエムアイ」理事長

旭川市出身。27歳。

小学生の頃遊びを生み出すことが得意で、母親に言われた「保育園の先生になったらいいね」の一言から保育の道を目指す。そして光塩学園女子短期大学保育科に進学。保育士資格、ホームヘルパー2級を取得し福祉施設に就職。1年間務めるが、次第に起業を考えるようになり、アルバイトをしながらそのアイデアをあたためる。そして2013年、地域の人と人をつなぐことをモットーに「一般社団法人 アイエムアイ」を設立。幅広い保育サービスに力を注いでいる。

 


 


【村井裕子のインタビュー後記より】

 

 幼い頃の記憶を辿ってみると、幼稚園児だった頃の思い出が最も鮮明に残っている。


 一層鮮やかなのは、入園試験での一部始終。母に連れられて面接の部屋に入り、先生の前に座る私。生涯で初めての面接試験だ。物怖じする子供ではなかったので、「あなたの家族を教えてください」という質問にもはっきりと答えている。「お父さんとお姉ちゃんです」。ところが先生はおやおやといった顔をされて、「ほかには?」と再度の質問。先生としては、母親が入っていないわねと思ったのだろうが、3歳か4歳の私なりに「先生は私の隣の人を母親とわかっているのだから、母親のことは言わなくてもいい」との判断をして、キョトンとしたまま先生を見つめ返す。業を煮やした先生が「この人はだあれ?」と隣の母親を指差したので、ようやく「お母さん」と答えたのだが、内心は「わかっているのになんでわざわざ訊くのだろう」と釈然としない思いを抱いたのを覚えている。そのせいなのか、はたまた待合室でおもちゃを他の子に取られ母親の膝に顔を埋めてめそめそしていたのがマイナスだったのか定かではないが、人生初の面接試験に初めて落ち、人生で初めて「理不尽」という感情を味わったのだった。インタビューA

 

 そんなふうに、幼い頃の記憶が鮮やかなのは、初めて身内以外の「他者」と出会い、初めての「社会」に放り出され、「理不尽」を経験し、初めて「私」と「外の世界」との境を自覚したからなのだなあと、今回インタビューをしていて腑に落ちた。

 「ほっかいどう元気びと」10月最初にお話を伺ったのは、札幌の「一般社団法人アイエムアイ」理事長の北川仁美さん 27歳。総合保育事業の経営者として保育施設の運営やベビーシッター派遣、イベントの託児など様々な種類の保育サービスを展開している。

 

 保育士の北川さんが保育サービス事業を立ち上げたのは、今から3年半前の24歳の時。保育士が働きやすい職場環境を自分で作りたかったというのがひとつの理由だったそうで、ハードな勤務や人間関係で消耗していく保育士も少なくないという現状の中、やりがいを持って働ける場を作り、復帰を望む潜在保育士達も活躍出来るような環境を提供したいと思ったのだそうだ。そして、もうひとつは、幼い頃から世の中に対しての問題意識が強かったことから。幼稚園の頃は先生達の物事の進め方にひとつひとつ疑問を感じてしまい反発を覚えることが多かったと言う。大人になってふり返って言語化してみると、それはとても「画一的」だったから。お遊戯が好きな子もいればそうじゃない子もいる。みんなを一括りにした対応がとても窮屈で、泣いてばかりいたのだそうだ。そして、子供に対してでも一言説明をしてくれれば納得出来るのになぜ言ってくれないのだろう、そうするのはなぜかという理由を言ってくれればわかるのにどうして子供の気持ちを無視して進めてしまうのだろう・・・など、他の子は感じないことが妙にひっかかる「面倒な子」でした、と続ける。

 

 子供とは言え、いろいろなことを考えているし、性格もいろいろ。画一的に子供を括らない保育は出来ないものかと、長じて保育を学んでいく中で次第に思っていったのだそうだ。「反骨精神」こそ原動力。湧き上がった疑問を右から左に流せずに、なぜだろうと考えているうちに自分のやるべきことが見えてきて、その答えがガソリンとなって行動を起こすタイプなのだろう。

 

 そうやってアイディアを形にしてきた「総合保育事業」は、子を持つ親たちのニーズに応えるべく「子供を預かる」様々なサービスの展開だが、保育を学んだ北川さんの中にはやはり「子供をより良く育てたい、力を引き出したい」という思いが強くあるのも伝わってくる。保育従事者は、言ってみれば、子供達が親から離れて最初に出会う他人。その出会いが良いものであれば、その子の社会への第一歩がより良いものになる。保育に携わる側は、その子が大きくなった時にいろいろなことを乗り越える力を付けられるような優しさや厳しさをも兼ね備えた向き合い方もしていかなければと、長い目で見た「保育事業」の可能性も語る。

 インタビューB

 志を抱いての起業とはいえ、ゼロからのスタートの当初は依頼もゼロで、「ほんとうに大変だった」そうだが、そんな3年半の中で、お客様は一期一会なのだから目の前の子供達や保護者達のために一生懸命誠意を持って向き合おうという気持ちにもなり、だからこそ意味のある期間だったと思うという気づきも言葉になっていった。
 北川仁美さん 子供が好きで、子供達が健やかにいられるようにと願って保育の仕事に就く人達にとって、働く場が楽しく快適であればこんなに最高のことはない。体力、気力を消耗し過ぎず、また、人間関係で悩んだりする消耗も無くすことが出来れば、保育者達は子供にも保護者にも余裕を持って接することが出来る。そんな場作りをしていくためにいろいろなチャレンジをしていきたいと、とても率直な言葉で思いを話してくれた。

 27歳。これから経験を重ねて沢山のことに気づいていくという可能性こそが最大の武器。30代、40代・・・ご自身も成長していく中で、今後、どんな保育事業を展開していくのか。これからが楽しみな若い感性の「ほっかいどう元気びと」だった。
 再び、幼稚園児の頃の記憶・・・。北川さんは、その頃大人達に感じた違和感が「種」となって、結果、子供と向き合う仕事のベースが作られていった。まさに「三つ子の魂百までも」。

 

 私の場合、書いていて思い出したのだが・・・初めて幼稚園の面接試験に落ちた後、別の幼稚園に入園し、そこで出会った先生が「ちょっと面倒な子」である私に随分目を掛けてくれたのを有り難く覚えている。ある時、運動会の司会進行をやってみなさいと指名してくれたのだが、何を思ったか、反射的に「いやだ」と断ってしまったことがあった。しまったと思ったが後の祭り。なぜそんなことを言ったのかと子供心に反省をしたが、折角抜擢してくれた先生に申し訳なかったという思いはずっと引きずっていた。そんなことがあったからなのか、その後、人前に出て何かをするチャンスに対して絶対断らない私が作られていったような気がする。むしろ率先して前に出ることを選んできて、今の「人前で話す」仕事に繋がってきたのかなとも思う。

 

 幼子は案外、小さな頭でいろんなことを考えたり感じたりしているものだし、その子特有の「種」を持つ。「三つ子の魂百までも」は確かにあるのかもしれない。


インタビュー後記 村井裕子

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